鳥と山野草の話

鳥類と山野草、主にシダ植物を書いたりします。

イヌの怖いウイルス感染症

イヌを飼っている人が増えた。少なくとも数十年前よりは遥かに多くなっている。たぶん生活が豊かになっているからだろうが、それに伴い動物病院も増えてきた。私の父はイヌが好きで、以前住んでいた山奥の町では集落の一番はずれにあり野良犬の立ち寄り所になっていて、父がよくエサを与えていた。町へ引っ越してきて家が大きくなったのでイヌを飼う、と言い出し、秋田犬のブリーダーを飲み屋で紹介されたから、その子犬を買いたいと言った!野良犬から秋田犬に昇格である。母は呆れていたが、言い出したらきかない亭主だから黙認だ。ひと月後、子犬が産まれたと連絡が入り三か月ほどして取りに行った。2万円だったそうだ。当時、大卒の初任給が1万円に満たなかったころだから、いかに高価なイヌだったかわかるというもの。イヌはゴンと名付けられすくすく大きくなったが、1年ほどして病気になった。鼻水が出始めくしゃみやセキをする。そのうち餌をあまり食べなくなった。まるでヒトの風邪のようだが、大枚をはたいて手に入れたお犬様だ、医者に診せなくてはならない。イヌネコ病院は100キロ離れた都会に行かないと、こちらの田舎にはなかった。困った、と父は顔をしかめたが連れて行くか、と言い出した。しかし、隣の新聞派遣記者が駅の傍にイヌネコ病院ができたそうですよ、連絡してみては?と耳寄りな情報をくれた。寝耳に水だが、さすがに新聞記者。早速、調べて電話すると、ヒマだから往診する、とのこと。カネを出して手に入れたイヌやネコでないと医者などにはかからない時代である。獣医のセンセーは駅前から自転車に乗って、すぐにやって来た。

「おお、秋田イヌですね!珍しい!」センセーは若い獣医師だったが、イヌネコ病院の医師だけあって一目でゴンの犬種を見て取った。すぐに診察を始め、数分もかからず「ジステンパーですね!血清を打たないと死にます!」とおっしゃる。「血清ですか」父は驚いた様子だったが、さらにびっくりさせられる。「イギリス製の血清で、1本1万円、2本打たないと効かないでしょう」秋田イヌなど純血腫のイヌは弱くて、すぐに感染症にかかるのだ、と言われた。このままだと、ほぼほぼ確実に死ぬ、という。新しく子犬を買った方が安上がりではありますが、とも言われ、父はムッと来た。「とりあえず1本だけ打ってやってください」「わかりました、すぐ取り寄せます」センセーはいったん帰って翌日、昼頃やってきた。ゴンの容態は悪くなる一方だったが、イギリス製の血清は1本で効力を発揮した。1週間で回復し、元気になってくれ、医師も、生命力のあるイヌです、と感服である。ところが、それから3年ほどして、ゴンは再びジステンパーにかかった。もう、立派な成犬だったし一度罹患していたのに、再発というか、医師も首をひねる。「今度も血清ですか?」父が訊いたら「はい、国産が出来ています、1本5000円ですが、打ちますか?」5000円でも高いが1万円よりは安い!そういうわけでゴンは国産の血清を打ってもらい、またまた助かった。今ではワクチンが出来ていて、子犬の時に打つように勧められる。

ジステンパーはイヌ科の動物に罹るウイルス感染症で、麻疹に負けないほど感染力が強い。センセーいわく、ニホンオオカミが絶滅したのはこれのせいではないかと言われている、と。ゴンは10歳まで生きた後、父はイヌを飼わなくなった。代わりに兄が紀州犬の雑種やミニダックスフントの子犬をもらってきて、あげく紀州ミックスを妹に押し付けるという、ふざけたことをやる。今では、ワクチンのおかげで、ジステンパーの話は聞かなくなった!