鳥と山野草の話

鳥類と山野草、主にシダ植物を書いたりします。

天然痘ワクチン

20代の初め、母を連れてハワイに行った。何十年も昔のことで、当時、海外旅行がやっと自由化されたころ。海外、ハワイなどに行くのは有名人くらいでテレビのクイズの賞品にもなった、皆の憧れである。新聞広告でルックというツアーだった。航空機はパンアメリカン。今はない航空会社が、当時、ジャンボジェット機初就航という歌い込み。それに誘われて「おかあちゃん、ハワイに行こ!旅費は私が出すから」と虎の子の三十万が入った通帳を見せる。4泊六日というおかしな日程だが、飛行機で日付変更線を行き着するためらしい。日本旅行が扱っていたので申し込むと、書類を作るから事務所まで来てくれと言われた。隣の市まで車で20分。前金をよこせと言われたら出すつもりで二万円ほど持って行き、書類をつくったが「パスポートを作ってきてください、県庁まで行かねばなりませんが」などと面倒くさいことを言う。当時はネットなどないし市役所で作れたりしない。母と二人で100キロ南の県庁に急行列車で行った。そこでもっと面倒なことを申し渡される。「保健所に行き、天然痘の予防接種を受けてきてください」天然痘のワクチンは昔、疱瘡と言っていた。幼稚園のころだったと思うが、左腕の肩近くにバッテンをメスで付けるのだが、後で化膿してジクジクし、大きな傷跡ができている。「疱瘡ですか?子供の時、二度もしましたよ」と言い返したが、受けたという書類がないとパスポートが作れないのだ、などと後進国扱いである。もっとも当時は後進国だったのかもしれない。天然痘を輸出されては大変、と諸外国は身構えていた頃なのだ。天然痘はワクチンがあるから良いが、病気そのものはコロナどころではない。恐ろしい感染症だった。われわれはジェンナーに感謝しなければならない。今では、そのおかげで世界から撲滅されたただ一つの感染症となっているのだから。

県庁の近くの保健所に行きワクチンの接種を受ける。またバッテンか、と思ったら今度はハンコだった。もう、免疫ができているのだから腫れたり膿んだりしない。数日たってもハンコの痕もできなかった。ハワイに行くために色々なことをして、国外に出るのは大変だという時代であった。小遣いは母が出したが、1ドル365円。10万円分くらいしか日本から持ち出せなかったと思う。国がドルをあまり持っていなかったのだろう。「円で買い物はできますから、大丈夫ですよ」と日本旅行の事務員が教えてくれた。こっそり隠して持って行け、旅行者を調べたりしないから、と言われたので、隠して円を持って行った。ジャンボ機は満席でほとんど日本人だ。彼らは天然痘のワクチン接種を皆、一度はやったのだろうな、と少々呆れる。