鳥と山野草の話

鳥類と山野草、主にシダ植物を書いたりします。

首相が退陣!

菅総理大臣が退陣する!総裁選には出馬しない、と唐突な発言がなされた。支持率が低空飛行で、このままでは衆院選に戦えない、と若い議員連中から突き上げを食ったあげく、取り巻きから謀叛が相次いだのが原因だと想像している。

私は菅総理のことを良い首相だと思っていて、それは今も変わらない!後世に名が残る名宰相だとまでは言わないが、安倍総理の後を継いで尻拭いをしながら、目前の難題に立ち向かった。いっこうに減らない新型コロナ感染者にはワクチン接種という武器を掲げ、オリンピックとパラリンピックには野党や反政府メディアが声をそろえて中止を唱えるが、それにも開催を決行して果敢に立ち向かった!携帯電話料金が高すぎる、と声を上げ大手の電話会社を平伏させた。外交でも米国の新しい大統領から指名されて、ワクチンを打ち医療用のマスクをつけて、諸外国一番に会談した。G20にも欧州まで忙しい身を問わず出席する。戻ればメディア連中に囲まれて、言わないことまで紙面からネットにまで上げられるのを、適当に対応せず、そこそこ応対をする。総理は不器用な方だったようだ。相当に優秀なブレーンが付いていないと、魑魅魍魎の官邸で采配を振るのは難しい。責任感が強く一人で決断をするソンなタイプだ。優秀なブレーンはいなかったみたいである。この未曾有な感染症危機で若くもない高齢者になるヒトが、国を纏めるのは、はっきりいって無理があり命にかかわる。よく総理大臣などに名乗りを上げる政治家がいると思う。感心するしありがたいことだと思う。平時なら総理専用の椅子にふんぞり返っていれば、官僚や大臣どもが粛々と仕事をしてくれようが、今は非常時だ!10年ほど前の東日本大震災では野党政権だった。ノウハウのないシロウトのような政府が立ち上がってすぐの大災害で、政府は今どころでないあわてようだっただろう。私は自民党の長年の政治に飽き飽きしていて、選挙で民主党に入れたが、震災への対応のまずさにゲンナリして、入れるんじゃなかった、と後悔したものだ。今、野党、特にあのころの政府与党にいた立憲民主党が、菅政権の支持率低空飛行に、鬼の首を取ったかのごとく拳を突き上げる様子が苦々しい。10年前を忘れたのか。野党なんかにとても任せられないワ!どんなことになるやら、考えただけで恐ろしい!

たった1年の短い間だったが、菅首相には、良くやって下さった、感謝します、と言いたい!もう少しうまく立ち回って、次回もせめてあと4年総理でいて欲しかった。菅総理は朴訥で、悪く言えばカリスマ性がなかった。会見の場に出るときはきれいに化粧をして、髪の量をもう少し増やし、しゃべり方をプロから学んでいて欲しかったと思う。見てくれは大切なのだ。指図する取り巻きがいなかったのか、足を引っ張ろうとする人間はいても、良い方向へ引っ張ろうとするものは少ない。次期総理は誰がなるのか、どうもイマイチの連中しか手を挙げていないが、どうせすぐに支持率が低下する内閣になるはず。だったら、同性のよしみで日本初の女性宰相が立ち上がるのも悪くない!

ヒメカナワラビ

ヒメカナワラビはワラビと名が付いているもののイノデの仲間だ。ワラビは明るい場所に多いが、ヒメカナワラビはどちらかと言えば渓谷沿いなど湿気の多い所に多い。湿っぽい場所では石垣や崖っぷちなどを好む。近くの渓谷でむしってきた株を鉢植えしていたら、いつの間にか側溝の上に並べているブロックに取りついた。そこはハコネシダを付けた以外は全部勝手に生えたシダばかりで、特にホウライシダとシナノキシノブが勢力を争っている。最近はメヤブソテツやゲジゲジシダも仲間入りを果たし、シダ以外には国産のシュウカイドウとかリンドウ、ダイモンジソウなども取りついて賑やかである。写真はブロックにくっついたヒメカナワラビで、ヒメと呼ばれるのに似合わない大きな葉を展開させる。石付けにして水と肥料をけちって日に当てて作れば、しまって姫らしくなるが、大きな鉢に植えて水や肥料を奮発したりすると、巨大な株になり可愛くない。イノデの仲間は種類が多く、山であれこれ採取してくると名前も何もわからなくなりとても困る。日本では関東より西の暖地に生えているらしいが、図鑑の受け売りなので、本当の所はよくわからない。暖地と言っても我が町は雪が多い地方で、毎年30センチは降り多い時は50センチを超える。ブロックに貼りついたヒメカナワラビの上にずっしりと雪が積もり、箒ではねのけるが株ごと抜けたりはしない。丈夫で作りやすいシダである。ただ、水切れ厳禁なのは確かだから、夏は要注意だ。最近は35度以上も珍しくないので、遮光ネットはシダ愛好家にとっては必要なグッズになる。ヒメという名になかなかの美形でおまけに作りやすいという良い子ちゃん。難点は店に行っても手に入らないというところか?ネットで探せばあるかもしれないが、そこまでして手に入れたい収集家がいるかどうか。彼らは絶滅危惧種でも危急種でもない。持っていれば良いことがある、というめでたいお方でもない。まあ、有名でないから、個体が少なくなった、などと言われる心配がないのである。

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鼻出しマスクは危険!

デルタ株襲来で日本も欧米並みに感染者が増えてきた。ただ、死者数はケタ違いに低い。政府の足を引っ張ることに血眼を挙げているメディア関連は、そのことをあまり報道しないが、国民はもう少し見る目を持った方が良いようだ。そんなことより、感染を防ぐためなるべく行動を自粛して欲しいと頼む行政の言葉を無視して、ウロウロと出歩く方々を見ると、マスクをしていない者がけっこういるし、着けていても不真面目な着け方をしているヒトのなんと多い事か!若者のほとんどがウレタンマスクで、不織布マスクをしていても鼻が出ている。鼻を出している者はまあ、若者より高齢者が多いのと小学生とかそれより幼い子達だ。しかし、鼻出しマスクは危険だと思う。漂っているウイルスを吸い込んでしまう恐れがあるからだ。最近、俗にいう専門家先生や研究者の方々がデルタ株は空気感染する、とおっしゃっている!空気感染はコワイ!すれちがうだけで移ってしまう。結核とかハシカなんかそれに入る。ハシカの感染力は半端でない。本当に傍にいるだけでみごとに移る。デルタ株はハシカに比べれば大人しいほうだろうが、最初のころに出現したコロナと比べれば、月とすっぽんほどに違う。鼻なんか出していたらすぐに移るし、不織布マスクでも隙間だらけのだらしない着け方をしていれば鼻出しと同じだ。
新潟県で若者が大勢集まる祭典があった。ワイドショーで見たのだが、押し合いへし合い歩きながら飲み食いをしている者がいて、彼らは鼻出しどころか顎かけマスクになっていた。マスクなど着けていない連中も多かった。これはマズイ!行政がアレもダメ、これもダメ、というはずである。オリンピックのころでも、野党が中止しろとうるさかった。しかし、まだデルタ株が今ほど蔓延していなかったから、何とか閉会まで漕ぎつけた。今度はパラリンピックだ。野党はあまり中止しろ、とは言っていない。うるさく言うと障害者を差別している、と反対にネットで吊るしあげられるからかも?オリパラの関係者で鼻出しマスクをしているヒトなど見なかったが、街中にはとても多い。メディアはもっと、その危険性を取り上げるべきではないか!鼻が詰まっていて息苦しいのかもしれない。そういうかたはすぐにでも耳鼻科に行かれることをお勧めする。マスクはワクチン並みの効果がある、とWHOが言っていたがきちんと着けてのワクチン効果だろう!

コロナ対応の不思議

デルタ株の台頭で、関東方面の感染者がうなぎ登りに増えてきた。感染爆発で取る手がない、と言う専門家がいたけど、分科会の会長は、ヒトの流れを今の半分に抑えられれば、なんとかなる、とおっしゃる!野党は法改正をしてキツイ罰則をつけるべきだ、と言う。民間の大きな病院は一般病棟を減らして、コロナ病棟を増やし全力で対応している。もっと病棟を増やす予定だ、とも。

一番興味を引かれたのは、ミヤネ屋でリモート出演していた、とある個人病院の院長さんのお言葉だ。「イベルメクチンを患者に使っている。一度の投与で重症化を防ぎ、数日で退院に持って行けるのに、早くコロナの薬として認めるべきだ。今は大災害の非常事態なのだから、きれいごとは止めて欲しい」センセイは自信たっぷりにおっしゃる。聞けば、疥癬の治療薬に使うので自分の病院にはたくさんおいてある。それをコロナ患者にちょっと使わせてもらうのだが、とても効果があり、安全性もよくわかっているのに、総理大臣が音頭を取ってコロナ治療薬と認めて欲しい。リモートの画面から体が出てきそうな勢いで言われた。それが間違いないのなら、総理大臣は思い切って腰を上げるべきではないか?支持率が低空飛行を続け、今にも墜落しそうなのだ。ここは一つ思ったことを実行してみたらどうだろう?このままでも、どうせ墜落だ。だったら、総理自らセンセイの病院を訪ね、視察をして話を聞いても悪くはない。

総理を墜落させようとしているのはメディアの連中、それもオリンピック開催に反対し、コロナ対策ではことごとくクレームをつける、どうも偏った方針の関連。国民はすぐに載せられるから、いい加減な報道は止めてもらいたい。良い国産の薬があるのなら、速やかに厚労省は認可すべきである。今は非常事態、戦時中と同じなのだ。重箱の隅をほじくっている場合ではないのである。国民皆が力を合わせて、コロナと戦う必要があるのを自覚すべきだ。国民はいつから皆さん、になったのか?国民に媚を売らず、政治家は国民、と呼んで良いのじゃないか?それほど、政策に自信がないのか、と思ってしまう。戦時中のことは本やドラマでしか知らないが、国中が焼け野原になった時のことを思えば、今は贅沢なことだ。自衛隊のテントでも急場の病院にはなる。昔の野戦病院よりはずっと立派だろう。病院船はないのだろうか?コロナ対策に当たる、偉い方々はわざと対策をしないのでは、と疑ってしまう。

自宅療養なんて心細い!

コロナのデルタ株が世界中に広がって、日本でもワクチンを打っていない人々を襲い始めた。政府は高齢者を先に接種させて、ああよかった、と胸をなでおろしているだろう!もし、そうでなかったら、今頃欧米並みに感染者が増えて死者が積みあがっていたと思う。巷ではニュースを見ない馬鹿な若者が、コロナは風邪、緊急事態宣言ってナンダ?とばかりに政府や医療関係者の忠告を無視して、勝手なことをやり始めた。彼らは感染したら、自前で治療してもらうようにすればいい。

よほど打つ手が亡くなったのか、とうとうお上は感染しても自宅で療養してもらう、などと言い出した。一晩で悪化するというのに、すぐに連絡が取れるのか?こういう非常事態では電話など、なかなかつながらないものだ。連絡が取れないままに力尽きて死んだら責任を取ってくれるのか?コロナで騒ぎだしてから、大企業に連絡がつきにくくなった。パソコンを三月に新しくしたが、色々不備がでて、NECに電話したもののちょっとやそっとでは繋がらない。こちとらお客さまだぞ、登録してあるのだ、どうして30分も受話器を持って待たすのだ!根性出して待ち、やっと捕まえたコールセンターの職員に文句を一応言わせてもらう。ドコモだって、アマゾンだってひどいものだ。回線が切れているのか、と疑ったりする。大きな地震が来たりした後とか、台風など災害の時も電話は繋がらない。だから、自宅療養で悪化すればすぐさま入院させます、などと大臣が言っていたけど、おいおい、連絡を取れるのかい?と言いたい。家族がいる人ばかりじゃないんだよ!一人暮らしのヒトも多いのに。インフルのタミフルリレンザのような良く効く抗ウイルス薬ができてからの話じゃないの、と言いたくなる。それにしてもコロナが始まってもう二年近い。いっこうに学習しないお上や自治体である!国民が緊急事態宣言に飽き飽きしてくるのも無理はない。ウイルスがエボラ出血熱などではなくて良かったですね、皆さん!

シナノキシノブ

シナノキシノブを草友からいただいて駄温鉢で育てていたが、まだシダ収集を始めたころでノウハウがわからなかった。シダは1年でダメになりガッカリである。収集は近くの山野や渓谷での採取が主で、我が家の周りにも珍しくない物ならけっこうあった。シダの採取は長いお方と遭遇することが多いので、杖とか箒のようなものを持って行かねばならない。並みのお方なら、ああ、びっくりした!で済むが、ヤマカガシとかマムシなどだと一瞬、髪が逆立つ気がする。滝のそばなどには多いので、長靴を履いて行く。集めた当地のシダは名前がわかる物で120種ほど、なんだかわからない種を入れると150はあった。それらを家の横を流れる側溝のブロックにくっつけた。イヌワラビ類など土に生えている物は鉢植えだが、岩や木に生えている着生シダはブロックの穴が良い。シダだらけになった玄関前を見て、山奥から出てきた従妹が顔をしかめた。「まあ、ルリちゃんったら、こんな草を植えて!生えて生えて困るのに!」と馬鹿にする。余計なお世話だ。従妹は花が咲く植物でないと好きではないらしい。

山採りのシダは鉢に植えて大切にすると、なぜか機嫌を悪くする。水やりの加減が難しいのだ。ブロックやレンガにくっつけたシダは水が流れていってしまうので、それが彼らには良いらしい。従妹や興味のない友人に馬鹿にされながら、シダ収集を続けていた時、鉢を並べていたヒナ段のレンガからノキシノブらしき物が生えてきた。最初は細く短く、だんだん太く長く図々しく!30センチ以上になった葉を見て、これはノキシノブではない、と気が付いた。側溝の壁面からもあちこち顔をだし、3年もすると茂って茂って、それこそ従妹じゃないが困った。何度もむしって捨てるのだが、それは旺盛な繁殖力である。本で調べてシナノキシノブらしい、と思ったが、シダに詳しい高校の先生に見てもらい、お墨付きを得る。何年か前にもらったシナノキシノブが胞子を散らしていたみたいである。このシダは日本では石垣島や小笠原に自生しているとか、最近に絶滅危惧種の仲間入りをしたそうだ!ガラケーで写した写真は玄関前のレンガにくっついた、一番最初の連中で、冬はマイナス3度から5度と厳しいのに平気で越冬してくれる、頑張り屋なシダである!

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老々介護

母親の介護を10年ほどやったことがある。母は生まれつき右足が悪かったので、きっと介護が必要になるだろう、と想像していた。車社会になり商売をしていた父に運転免許を取るように言われ、勝手に自動車学校入学の申し込みをされており、唖然としたものだ。当時19歳だったが、女のドライバーは珍しく運転をしていれば振り返られた時代である。免許を取得すると即座に車が与えられた。トヨタの900CCパプリカで、慣れるまでこれに乗れ、上手になったら新車を買ってやる、とすべて父が決めた。クッラッチの付いた、今頃の女の子だったら乗れないような車が主流だった。

車を乗るようになって一番喜んだのは母だ。どこかへ行きたいときはバスを利用するか、休日に父か兄に頼んで車を出してもらうより方法がない。だが、男どもには頼みにくい母であった。そこへ娘が車を走らせるようになったのだ。毎日のように、店へ電話がかかってくる。どこそこのスーパーに行ってくれ、親戚に連れて行って欲しい。店での買い物は町内がほとんどだったが、親戚、特に実家や姉妹の嫁ぎ先は町外だ。連れて行って、翌日迎えに行く。その帰りに数件、買い物の梯子をして帰る。文句も言わず足になってくれる娘は、さぞかし使い勝手が良かったと思う。父も兄もクレームなど付けない。一番ウンザリしていたのは私だ。父は66歳で先立って兄が店を継いだが、中国が台頭してきて店を続けられなくなり廃業した。兄たち夫婦は都会に出ていき私と母が残った。そのころから、母の言動が少々おかしくなり始める。役場の保健婦さんに相談して介護保険の申請を受けたが、要介護3だった。まだ、家に残して私が買い物に行っても留守番はできたので、ホームヘルパー2級の資格を取りたいと思い、隣町の老人ホームへ講習に行った。役場が講習料無料の書類を出してくれたのはありがたかった。身体障碍者の親を介護したい、という理由だからで、期間は半年。家で留守番をしている母が、何かやらかさないかと気になり、毎日電話をかける。ガラケーを持っていたが、電話代節約のため、公衆電話を使った。何事もなく半年過ぎて2級の資格を取得できた。車いすで段差を押し上げるという技術は、何としても覚えたいことで、その他ベットから要介護者をラク車いすに移動させたり、ベッド脇の簡易トイレにうまく座らせる方法などはとても役にたった。介護者は私だけ。母が足を骨折したのはそれから数年後で、90歳台に入っていたヨボヨボの老人を手術する気がない整形外科の医師は、どこの施設をお世話しましょうか、と腹の立つことを聞く。そのころは私も60歳を過ぎていた。どうみても体力のなさそうな娘は、介護などできないと踏んだらしい。「家で見ますから」、老々介護になりますよ、だいじょうぶですか、などとしつこい。老々介護などと言う言葉を初めて聞いたのだった。その後寝たきりになった母を24時間介護で奮闘したが、ホームヘルパーさんを午前と午後の二回訪問させ、週一回看護師、口腔ケアのため技師を一回訪問してもらう契約も病院と取った。週二回町内の特別養護老人ホームにデイサービス利用。その日は安いオムツを買ったり金融機関や役場などの用事で走り回る。介護用品は店で買える物は直接行って購入すべし。ネットで買うと3割増しになる。彼らは不便な場所の住人だろう、と足元を見ているのだ。介護を始めて数年後、私も年金をもらい始めた。少ない金額ではあったけど、大いに助かる。役場からオムツを捨てるゴミ袋を半年分タダでもらったし、おむつ代の給付金6000円を商品券で給付され、これも助かった。ケアマネージャーといつも相談し役に立つ助言をしていただいた。全力投球の介護であった。今はとてもできないけれど!