鳥と山野草の話

鳥類と山野草、主にシダ植物を書いたりします。

イワヒバの不思議

日本にはシダ植物が多く自生している。南北に連なる小さな島国だが、この狭い国土に雑種も含めると千種近いシダがあるという、世界に誇るシダ王国らしい。花も咲かず、どれがどれやら区別のつきにくい物が多いのだが、山野草の愛好家が最後に手を出すのがシダだと聞いた。

シダの園芸種でイワヒバというのがある。江戸時代から好事家が大切に収集して、全国に広まったシダの一つだが、面白いのは葉先をチョイと折って土に挿しておくと、やがて根付いて一年もすれば立派な株になるという、すごい生命力の持ち主である。クラマゴケ科に属する種で深山の岸壁などに生えているが、そういうのは大方が緑葉の並み葉だ。山野草店などに行ってもせいぜい300円から500円。大株で何十年も経っており、トルコのカッパドキアの奇岩みたいな鉢物なら数千円以上か?しかし、銘が入った美しいイワヒバのブランド物はかなり高価だ。あまり出回らない物ほど高く手が出ないが、挿し芽で殖えるのだから小株ならそこそこ安い。

宮城県の草友でイワヒバ愛好家がいた。内陸の方だったが東日本大震災の時は、家財だけでなく植物の棚もひっくり返って、片づけるのが大変だったそうな。その草友がイワヒバをあれこれ送ってくださったのだが、中に銀世界という北国からの贈り物にぴったりの銘品があった。とても美しい白斑入りで、まるで雪を散らしたようだ。いつまで見ていても飽きないほどで、頂いた数ある中でも一番の気に入りになった。当然、他の種より一段も二段も待遇が異なる。鉢から用土から置き場所から、吟味を重ねて厚遇した。他の銘品もそれなりに美しく個性があって、それぞれ好きだったけど、銀世界に勝る物はない。彼らが言葉を発することができたなら、不公平だ、と怒るだろうが、それくらい綺麗に思えたのだ。ところが可愛がりすぎたのだろうか?一年二年と経つうちに、美しかった白い班が少しずつ消えて、勢いもなくなり、届いたころの面影など欠片もなくなってしまった。送ってくれた草友に電話やメールで相談したが、よい指導はもらえなかった。他の銘品はまともに育っている。銀世界だけが機嫌を損ねていたわけだが、イワヒバの本で調べても載っていない。ネットでもわからない。何十年も収集しているベテランの草友がわからないのだから、当たり前だ!当時、色々なシダを買ったり貰ったり、山で採ってきたりして200種類ほど栽培していた。家の周りでもヘビやトカゲがウロウロする湿っぽい所で、けっこうシダが自生しており、イワヒバも鉢から胞子を飛ばして生えていた。まるっきりのビギナーではない。考えたすえ、北国との違いは夏の温度だと気づいた。二か月間は35度以上をキープする。南西諸島の植物はご機嫌だが、北国からのお方は甚だ住みにくかろう。なにしろ銀世界である。冬はこちらも宮城より数倍積雪があるのだが、そんなことは知らん、と銀世界は言う。スミマセン、謝っても遅い!挿し芽をしてみたが、育った株はやはり白班などなかった。たぶん、この銀世界はイワヒバの女王さまなのだろう。気位が高くてわがままで気難しいお方!

銀世界はその後並み種よりも落ちぶれた葉のまま、場所だけを占領している。